「私の体はとにかくコンプレックスだらけでした
(中略)
ショーモデルのオーディションに履歴書を送っても、
規格外で相手にされないことがほとんど」(P63)
「「臆病、あきらめが早い、人見知り」という三重苦の性格。
プロのモデルとしてやっていこうと決めたとき、最初はこの性格のせいで
とても苦労しました」(P74)
たとえ会社がつぶれても、命まで取られるわけじゃない。自分が死ぬ時に、後悔したくない。そして、ここで継がないと決めたら絶対後悔するだう。だったら継ごう。
今日できなくても明日できるかもしれない。3年後にはいとも簡単にできるかもしれないので、できないでかたずけない
こんにちは、和田裕美と申します。
実は、私は小さい頃、このペンギンのように足が遅くて
本当にいつも一番後ろを走っているような
身体が弱くて小さくて目立たない大人しい子供でした。
そんなわけで私は運動会が大嫌いだったのですが
運動会の徒競走で
いつものように最後になりました。
下を向いていた私に母が言いました。
「あんた、えらいわぁ、どべで(最後で)恥ずかしいのに
ようがんばって走ったなぁ。えらいなー」と
(以下省略)
「お前、よく頑張ったな。もう、勝てるわけないって分かってたろうに、最後まで一生懸命走ったのは偉いぞ。いいか、男はな、負けと分かっている勝負でも時にはやらなきゃいけないことがあるんだ。それを覚えただけよかっただろ」
歳をとる事を寂しく思うのはおかしい。
またひとつキャリアを積むと考えれば、
素晴らしいことなんだから・・・
振り返れば自分のスタイルになってきてるし、
自分の味になってる。
こんな時代だからこそ、
目線を下げるな、目線を上げろ。
自分の過去に誇りを持って生きろ。
<生きることを存分に楽しめる自信が今むくむくと心に湧いている。
ビバ、40代! と叫びたいくらいだ>
(07年2月25日読売新聞 山田詠美『無線優雅』書評より)